ごあいさつ
塩原温泉は箒川に沿って泉質の違う温泉郷が点在し、その数は十一ございます。その一湯目にありますのが大網温泉の一軒宿、湯守田中屋でございます。手前どもはその昔「大網館」という湯治宿でございました。かれこれ100年前のお話です。その頃の建物は箒川沿いにございましたので、300段の石段を降りなければ宿には辿り着きませんでした。「よっこいしょ、どっこらしょ」なんて掛け声を掛けながら、お客様のお荷物を背負ってご案内致していたそうです。湯治宿でしたので、最低でも10日はご宿泊なされる様な長期滞在のお客様が殆どであったようでございます。
お料理は、もちろん自炊。宿からご提供するものはご飯とお味噌汁でした。共同の煮炊き場(自炊場)はいつも和気藹々としていて、朝餉夕餉の頃にはお客様同士のにぎやかな声が飛び交っておりました。
こんな昔話が出来ますのも、実は女将である私が小学高学年の頃までは、川沿いにその自炊館がございまして、300段の石段を降りてはお客様と混じってご飯をご馳走になったり、一緒にお風呂に入ったりと、お客様と家族のように過ごしておりました。母からは何度も何度も注意をされましたが、子供だった私はお客様にお会いするのが嬉しいあまり、すぐお客様のもとへ戻ってしまっておりました。あれやこれやお話を伺うのが楽しみの一つになっていたのでございます。今思うと、なんて子だったのだろうと恥ずかしくもなってしまいますが、それが今の私のおもてなしの原点となったのでございます。お客様に家族の様に思っていただき、家族の様に過ごしていただく。
本来の日本旅館では、「女将でございます」と全ての客室にご挨拶に伺うのでございましょうが、私は敢えて致しておりません。もちろんご要望がございましたら、いつでもお邪魔いたします。館内にて割烹着を着てお客様のお世話をしながら、お客様と楽しくお話しすることが大変嬉しいのでございます。
さて、お料理でございますが、手前どもは、最後の替りご飯まで美味しく召し上がって頂きたいという料理長の信念のもとに、一品の量を少なめにし、全て手作りの丹精込めたお料理をご提供しております。 旬の食材は地元の農家様のお力をお借りして、その素材を決して無駄することなく、皆様にお喜びいただけるお料理作りに励んでいる次第でございます。
毎分300リットルものお湯を湧出している温泉は、見た目感触ともさほど特別に感じて頂けないかもしれませんが、お入り頂いてから5分後に体のだるさが感じられると思います。そこがこの温泉の特徴なのでございます。一度に長時間入られるよりは何回かに分けてお入り頂くと、芯から温まって頂けると思います。お腹に手を当てて温まったと思われたときが体に温泉が染み入った時でございます。また、飲泉許可もおりておりますので、そのまま飲んで頂きますと内側からも温泉の良さを実感できるのではないかと存じます。
塩原温泉郷は湯量と温泉の質に大変恵まれた所でございます。それは、今も昔も変わることの無い自然と、そこから生まれる素晴らしい景色が証明してくれております。この大自然に触れて頂き、そして温泉だけではなく人との触れ合いによって身も心もポカポカに、心行くまで癒されて頂ければ幸いでございます。心休まる良い滞在になりますよう、精一杯おもてなしいたします。